東京写真月間2009」国内展は、「人はなぜ旅に出るのだろう・・・」−出会い・発見・感動−と題して展開。ペンタックスフォーラムでは片岡義男氏の「撮る人の東京」を開催。
片岡義男氏は東京の片隅を歩きながら氏の感性に響いた風景を35mmカメラでスナップしている。今回の写真展は6小節の小さな旅をスナップと文で表現している。そこには、現代人が忘れた風情ある東京の裏側が、そこに生きる人々の息づかいとともに色濃く表現されている。
カラーインクジェットプリント半切約10枚、A4サイズ約50枚の展示と液晶ディスプレーによるスライドショーも併せて展示。
(「東京写真月間2009」協賛展)
| 開催期間 | 2009年 5月 27日(水)〜 6月 8日(月) |
|---|---|
| 開館時間 | 10:30a.m.〜6:30p.m.(最終日4:00p.m.終了) |
| 定休日 | 火曜日 |
| 入場 | 無料 |
| 会場 | ペンタックスフォーラム |
| 連絡先 | 〒163-0690 東京都新宿区西新宿1-25-1 新宿センタービルMB(中地下1階) ペンタックス スクエア内 ペンタックスフォーラム 03-3348-2941 担当:松枝・江上 |
僕が東京で写真に撮るのは、そこで人々によって営まれている生活の、痕跡だ。ひとつの場所で三十年、四十年と日常の生活を積み重ねていけば、その生活がいかに平凡なものであろうとも、痕跡もまた蓄積されていく。
生活の内部にとどまる痕跡は別として、生活のすぐ外側にあらわれてそこに積もっていく痕跡は、道を歩けば誰の目にもとまるものとして、東京じゅういたるところに、あり続ける。愛用する一眼レフを持って僕は東京の道を歩き、人々の生活の痕跡を造形物としてとらえ、それを被写体にして写真に撮る。
『日本訪問記』という、僕にとって最初の写真集となった本が、一九九二年に刊行された。東京を撮り始めたのは、このすぐあとのことだった。だから僕は、すでに十七年にわたって、東京の道を歩く旅を続けている。道を歩くのだし、被写体が標識のように僕を導いてくれるから、さまよう旅ではないし、迷路を踏み迷う旅でもない。きわめて平凡に道を歩くのだが、人々の生活が作り出してはそこに残していく痕跡には、僕にそれをわざわざ写真に撮らせるだけの力が、充分にこもっている。
写真機を持って歩く僕というひとりの人にとって、東京はかなり広い。そしてそこには僕の被写体が無限に近く存在している。したがって歩けば歩くほど、撮れば撮るほど、手もとに残る写真の数は増え続ける。写真というものの宿命がここにある。写真はどこまでも増えていくのだ。今回の写真展には、壁面への展示と液晶モニターを使ったスライド・ショーと合わせて、百六十点ほどのカラー・リヴァーサルの駒を僕は選び出した。撮ったあとの僕という、ほぼ完全な第三者の視点で、ある程度まで取捨選択されたカットが、一万六千点はあるだろう。百六十点を選び出すために、僕は一万六千点という写真のなかを、相当な急ぎ足で歩いた。撮っているときにすでに充分に旅をしたはずなのだが、撮りためたもののなかから選んで残した写真のなかをふたたび歩くという、不思議な旅を僕は体験した。
撮りためた写真からは、場所も時間もすでに消えている。どこでいつ撮ったのか、ということに意味はもはやまったくない。残っている意味は、生活の痕跡の出来ばえと、写真への撮られかただ。だから写真展のために選んだ百六十点の写真は、見ていく順番をどんなふうにでも変えることが出来る。順番をどのように変えようとも、百六十点の写真は連続し、つらなり、そのことじたいが、旅の路程となっている。
写真は宿命的にその数を増やしていく。増えれば増えるほど、見ていく順番をさまざまに変化させることが出来る。何とおりもの、視線による旅が、そこに生まれる。撮っている僕は決してさまよったりはしないが、撮られたあとの写真だけを見ていく視線による旅は、ひょっとして、いつ帰りつくとも知れない家路をさまようような、奇妙な危険をごく淡くはらんだ旅になるのではないか。
片岡 義男